障害の有無に関係なく、誰もが「着たい服」を自由に選べる社会を目指して、ZOZOが新たな挑戦を続けています。
その中心にいるのが、株式会社ZOZO生産プラットフォーム本部の長田富男さんです。
アパレル業界で長年生産管理のキャリアを積み、現在は「Made by ZOZO」の生産管理と「キヤスク with ZOZO」のプロジェクトマネジメントを担当。
重症心身障害児の娘さんを持つ父親でもある長田さんに、インクルーシブウェアへの想いと取り組みについて伺いました。
目次
1.長田富男さんってどんな人?
1-1.アパレル業界での豊富な経験を経てZOZOへ
【インタビュアー(ライター):山口 /インタビュイー:長田富男さん】
山口:まず、長田さんの現在のお仕事について教えてください。
長田さん:株式会社ZOZOの中で、Made by ZOZOの生産管理を担当しています。Made by ZOZOはZOZOが所有するデータやノウハウに基づき、ブランド様に商品企画を提案する生産支援プラットフォームで、私はその中で商品の品質・納期などの管理をしています。
また2024年8月に開始した、ファッションブランドがZOZOTOWN上でインクルーシブウェアを受注生産できるサービス「キヤスク with ZOZO」のプロジェクトマネージャーも任されています。
山口:ZOZOに入社される前のキャリアについてもお聞かせください。
長田さん:アパレル業界で生産管理としてキャリアをスタートさせ、海外駐在による工場管理や新規ブランドの立ち上げなどを経験してきました。複数の会社を経て、2023年5月にZOZOに入社しました。
1-2.重症心身障害児の父親として感じる「服の障害」とその先の課題
山口:長田さんのお子さんが障害を抱えられていると知りました。長田さん自身が、お子さんの洋服を選ぶ中で、着づらい・着られないと感じていることはありましたか?
長田さん:9歳の娘がいるのですが、重症心身障害児というのもあり着替えが大変なんです。
どうしても“着せたい服”よりも”着せやすい服”を選んでしまいがちなため、機能性は十分だけどオシャレさに欠けるというのを感じます。だからこそ、機能性だけではなく、ファッション性が広がっていくと良いなと感じています。
山口:服の選択肢が限られることで、どのような影響がありましたか?
長田さん:障がいのある方は自分自身が着たいと思える服を着られないことが多く、外出をすることが億劫になってしまうんです。そして、外出しないということは家に引きこもることになります。外には多くの世界や経験ができる環境があるのに、それをしようとも思えない。結果的に生活の質が下がることにつながったり外出を楽しむことができなくなってしまいます。
私は障害児の父親という境遇だからこそ、服の上のバリア=服の選択肢における障害を取り除いていくことが大事だと感じています。これまでのキャリアを活かし、服を通じて「この洋服を着て外に出かけたい」という想いにさせ、“バリア=障害”を無くしていきたいという想いがあります。
2.キヤスクとの出会いが生んだ新たな可能性
山口:キヤスクの前田さんとの出会いで、気づいたことや心境の変化はありましたか?
長田さん:前田さんとお話しさせていただいて、「在庫を持たずに取り組むことで、個別のニーズに対応したい」という考え方が同じだと感じました。
Made by ZOZOの受注生産システムは、在庫を持たない生産方式を採用しており、買い手良し・売り手良し・社会良しといった三方良しの仕組みが確立されています。
前田さんとの出会いで、これまで培ってきた仕組みがインクルーシブウェアにも活かせるのではないかと確信を持てるようになりました。
障害の程度・種類・特徴には多様性があり、一人一人全然違うと言っても過言ではありません。従来の在庫ありきの生産方式だと、どうしてもバリエーションが作れず、結果的にニーズに答えられなくなってしまいます。
Made by ZOZOでは最低1着から生産を行っていて、ZOZOTOWN上で商品を受注した後に生産工程に入るため、ブランド様は過剰在庫による売れ残りリスクをゼロにできるんです。リスクを低減しながら、お客様に多くの新しい選択肢を提供できます。
3.「キヤスク with ZOZO」開発の舞台裏
3-1.「届けたい…」統計が取れない中での苦悩と葛藤

山口:キヤスク with ZOZOを展開していく上で、「ここは大変だったがなんとか乗り切れた!」というエピソードはありますか?
長田さん:1つ目の大きな壁は、障害のある方の統計が取れないことでした。通常の商品開発であれば、マーケティングデータを基にターゲット設定を行うのですが、大枠の数字は取れても詳細な統計が取れないため、具体的なターゲット設定が難しかったんです。
そこで発想を転換して、お直しの過去実績を元に、どういう服が求められているのかを把握していくことにしました。数字だけでは見えない部分を、一人一人に向き合うという視点で、お客さまと直接会話をしながらニーズを把握していく方法に切り替えたんです。
3-2.56あるサイズから、さらに拡大した69サイズへの展開
長田さん:2つ目の大きな挑戦は、マルチサイズの拡張です。
マルチサイズとは、商品画面から自身の「身長」と「体重」を選択するだけで、こだわりのデザインを自分にあった最適なサイズで購入できるサービスのことです。試着のできないECにおいてもサイズの迷いや不安を感じることなく、裾上げ要らずで、アイテム本来のデザインを損なわずに着用が可能になります。
元々マルチサイズには56通りものサイズがあり、縦と横の自由な組み合わせができるので、これならインクルーシブウェアにも十分対応できるだろうと思っていたんです。ところが、実際に展開してみると、56サイズでは足りないという現実に直面しました。
結局、13サイズを追加して、なんとか試行錯誤し、69サイズに変更・2XSから6XSまで展開できるようにしました。
山口:具体的にどのように当事者たちのニーズを把握されたのですか?
長田さん:キヤスクの前田さんにお客さまからアンケートを取ってもらったり、私自身が娘の通っている支援学校に足を運んだり、リハビリセンターに通って直接ヒアリングしたりしました。
ヒアリングの際には、パタンナーにも現場へ同行してもらいました。実際に服を作る人も一緒にお話を聞くことで、技術的な解決策も含めて、よりニーズに沿った商品ができあがったと思っています。現場で聞いた一つ一つの声が今の商品に反映されています。
あの時、ヒアリングに快く協力をしてくださった方々のおかげで今があります。
4.サービス開始後の反響と広がり
山口:キヤスク with ZOZOを始めてから、どのような反響がありましたか?
長田さん:お客さまからいただく声には、本当に励まされています。「子どもに着せるのも、自分で着るのも着やすい」「おでかけするハードルが下がりました」「自分たちのことも考えて寄り添って作ってもらうのが嬉しい」といった言葉をいただいた時は、この仕事をやっていて良かったと心から思いました。
特に「おでかけするハードルが下がった」という言葉は、まさに私たちが目指していたことなので、外出などの障害を無くしたいという想いを持っている私としては、これ以上嬉しい言葉はありませんでした。
山口:他のブランドからの反応はいかがでしょうか?
長田さん:ありがたいことに、他のブランドさんからも多くの共感をいただいています。株式会社TSI(ナノ・ユニバース)様、株式会社シップス(SHIPS.me(シップスミー))様で導入いただくなど、広がりを見せています。
ブランドの担当者にお話を聞いてみると「やりたかったけれどできなかった」という声をよく聞きます。在庫リスクを考えると、どうしても二の足を踏んでしまう。でも、ZOZOの仕組みであればリスクを最小化しながらチャレンジできる状態を作ることができています。
山口:今後の展開についてはどのようにお考えですか?
長田さん:正直に言うと、1つのブランドだけで頑張っても共感の広がりには限界があると思っています。
私たちが目指しているのは、インクルーシブウェア全体の認知度向上と普及です。無限の可能性を秘めていることを伝えるために、今後も多くのブランドに共感の輪を広げていきたいと思っています。
5.インクルーシブウェアを通じて作り上げる未来への覚悟
5-1.機能美とファッション性の両立
山口:長田さんご自身はインクルーシブウェアに、どのような可能性を感じていますか?また、着られる服ではなく、着たい服を着るという機運を上げていくためにはこれから何が必要だと思いますか?
長田さん:まず何より、インクルーシブウェアの認知を上げていく必要があると感じています。まだまだ「そういう服があるんだ」ということすら知らない方が多いのが現状です。
そのためには、機能だけに特化するのではなく、ストーリーもないと人の心には届かないと思うんです。「こういう声があり、こういう人のために作りました」という物語があって、さらに「見た目もかっこいい」という要素が加わることで、初めて多くの人に受け入れられるのではないかと思っています。
「インクルーシブウェアってかっこいいよね」「なんかテンション上がるよね」「機能“も”良いよね」という感覚を一般の人達に持ってもらって、その中で「この服を着て出かけたい」という感情が出るように、ファッション性も突き詰めていきたいです。
山口:オシャレ(ファッション性)と機能的ファッションの両立を、これからどのように進めていこうと考えていますか?
長田さん:実は、オシャレと機能性は相反する要素ではないと考えています。よく「機能を取るか、見た目を取るか」という話になりがちですが、私はそうは思いません。
究極の機能性があるものは美しい、いわゆる「機能美」があると感じているので、機能性とファッション性は十分に両立できると思っています。
5-2.目指す社会の姿
山口:長田さん自身の今後の目標やキヤスクとの業務提携における目指していきたい社会の姿を教えてください。
長田さん:私が目指したいのは、服の障害がない社会です。障害のある方が服に対するバリアを感じることなく、健常者と同じようにワクワクした気持ちで自由にファッションを楽しめる、そんな社会を作りたいと思っています。
ライター・ストロー・タイプライターは元々、障害のある方の特定のニーズのために作られたという一説がありますが、今では障害の有無にかかわらず、みんなにとって便利なツールとして日常に溶け込み、使われています。インクルーシブウェアも同じように、“みんなにとっての良い服”として認識される日が来ると信じています。
山口:このような長田さんの熱い想いに対して、ご家族からはどのような意見をもらっていますか?
長田さん:家族からは頻繁にアドバイスをもらっています。妻は、私以上に娘との距離が近いので、学校やリハビリセンターとのやりとり、毎日の着替えをさせる中で気づくことがたくさんあるんです。
実際の現場を知っている家族の意見は非常に貴重で、商品開発にも大いに活かされています。
6.利用者へのメッセージ
山口:キヤスク with ZOZOを利用している方、これから利用しようと考えてくださっている方へのメッセージを最後にお願いします。
長田さん:キヤスク with ZOZOは一過性の活動ではありません。
まだまだスタートラインに立ったばかりですが、これからどんどん成長していって、皆さんにワクワクしていただけるような世界を作っていきますので、長い目で見守っていただけると嬉しいです。
また、ぜひ一度商品を実際に使っていただいて、体感してほしいと思います。ぜひ服に対するハードルを低くして、普段の生活を楽しんでください。
7.まとめ
取材を通じて印象的だったのは、長田さんの「服の障害を無くしたい」という一貫した想いです。
重症心身障害児の父親として日々感じる課題を、アパレル業界での豊富な経験とZOZOの技術力を活かして解決しようとする姿勢には、当事者だからこその切実さと、プロフェッショナルとしての確かな技術が融合していました。
「機能美」という言葉に表れているように、機能性とファッション性を対立させるのではなく、両方を追求することで新たな価値を創造する。
そのようなインクルーシブウェアの可能性を、長田さんとZOZOの挑戦が示してくれています。
<プロフィール>
株式会社ZOZO 生産プラットフォーム本部 DX推進部 生産管理ブロック
長田 富男(おさだ・とみお)
アパレル業界で生産管理としてキャリアをスタートし、海外駐在による工場管理や新規ブランドの立ち上げ等を経験。複数社を経て2023年5月株式会社ZOZOに入社し、「Made by ZOZO」の生産管理及び、キヤスク with ZOZO のプロジェクトマネジメントを担当。