医療的ケア児に関する支援について調べていると、「医療的ケア児支援法」という言葉を見かける方も多いかもしれません。
その名のとおり、医療的ケア児を支援する法律なのですが、「これはどういう法律なの?」「施行されて何が変わるの?(変わったの?)」と疑問に思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
この記事では、この法律を全文読み込んだ筆者が、その内容を解説するとともに、法案成立の背景や、期待されていることなどについてまとめていきます。
「医療的ケア児支援法って聞いたことはあるけど、実は詳しく知らない…」という方も、その疑問を一緒に解決していきましょう。
目次
1.医療的ケア児支援法とは?
1-1.どんな法律?内容は?
医療的ケア児支援法は、正式には「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」という名称です。それを簡潔に「医療的ケア児支援法」と呼び、新聞やWEBサイトにもそのように記載されることが多いようです。
どんな法律なのか。それは、第一条を読むと分かります。
この法律は、医療技術の進歩に伴い医療的ケア児が増加するとともにその実態が多様化し、医療的ケア児及びその家族が個々の医療的ケア児の心身の状況等に応じた適切な支援を受けられるようにすることが重要な課題となっていることに鑑み、医療的ケア児及びその家族に対する支援に関し、基本理念を定め、国、地方公共団体等の責務を明らかにするとともに、保育及び教育の拡充に係る施策その他必要な施策並びに医療的ケア児支援センターの指定等について定めることにより、医療的ケア児の健やかな成長を図るとともに、その家族の離職の防止に資し、もって安心して子どもを生み、育てることができる社会の実現に寄与することを目的とする。
引用元:医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律(令和3年法律第81号)|厚生労働省
複数行にまたがる長い一文ですが、分解すると、法律を制定することで達成したい目的、達成するために取る手段、成立の背景が分かりやすくなります。
1-1-1.目的:何を実現したいのか
- 医療的ケア児の健やかな成長を図るとともに、その家族の離職の防止
- 安心して子どもを生み、育てることができる社会の実現
医療的ケア児本人の成長だけでなく、その家族への支援についても言及されています。離職防止、つまり「家族の生き方の選択肢を増やそう」という趣旨の文章が法律に明記されたことは、大きな価値だという声もあります。
1-1-2.手段:どう実現するのか
- 医療的ケア児とその家族に対する支援に関し、国、地方公共団体等の責務を明らかにする
- 保育及び教育の拡充にかかる施策、その他必要な施策、医療的ケア児支援センターの指定を法律で定める
医療的ケア児への支援が国・地方公共団体の「責務」とされています。この法律により、自治体が支援に取り組まざるを得ない状況が作られました。
また、この法律ができたことによる具体的な変化が、「医療的ケア児支援センター」の設立です。これについてはのちほど、『2.医療的ケア児支援法で何がどう変わったの?』で触れていきます。
1-1-3.背景:なぜ法律が作られたのか
“医療技術の進歩に伴い医療的ケア児が増加するとともにその実態が多様化し、医療的ケア児及びその家族が個々の医療的ケア児の心身の状況等に応じた適切な支援を受けられるようにすることが重大な課題”だった。
医療的ケア児の増加と、それに伴う生活の多様化。少し漠然としていますので、ここをもう少し掘り下げて見ていきましょう。
1-2.医療的ケア児支援法はなぜ成立したの?
医療的ケア児の数はこの10年で約2倍になっています。それは、医療技術の進歩により、救われる命が増えているからと言われています。
2021年現在、日本の新生児死亡率(生後4週以内に死亡する確率)は0.80。1,000人中1人未満となっており世界最低レベルです。
乳児死亡率(生後1年以内に死亡する確率)も、1.8と世界有数の低さとなっています。
参照:令和3年(2021) 人口動態統計(確定数)の概況|厚生労働省
参照:『世界こども白書2021』表2 子どもの死亡率に関する指標|ユニセフ
このデータを見ると、日本で出産できることは、とても幸運なことと言えるかもしれません。日本に住む私たちにとっては嬉しい事実ですよね。
しかし、助かったからそれで終わりではありません。
気管切開などの手術をしなければならなかった子、口から栄養をとれず経管栄養チューブを入れなくてはいけなかった子など、命を救うために医療的ケアが必要になって在宅生活を始める子たちとその家族は、退院した瞬間に様々な困難と対峙します。
まずは疲労感です。24時間子供のケアが必要な場合もあるため、親は慢性的な睡眠不足となり心身に疲労がたまります。
そして孤独感、孤立感。体力的に限界を迎えても頼る場所が少なく、家族だけでケアを担わなくてはいけない方もいます。医療的ケア児の預け先がないなどの理由で、離職を余儀なくされ社会的に孤立していると感じる方も。
働く選択肢をなくしたことによる、経済的な不安も生まれます。
せっかく助かった命なのに社会に受け皿がなく、家族だけで抱えなければいけないという状況を変え、社会全体で支える仕組みを作るために整備されたのがこの医療的ケア児支援法です。
2.医療的ケア児支援法の施行で何がどう変わるのか?
仕組みを作っていくための具体的な方法は、法律内にこのように記されています。
①保育を行う体制の拡充
②教育を行う体制の拡充
③日常生活における支援
④相談体制の整備
⑤情報の共有の促進
以上の5項目です。
参照:『医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律(令和3年法律第81号)』第二章|厚生労働省
医療的ケア児が一人で保育園や学校に通うことは、とても難しいことでした。日常的に必要な医療的ケアができるのは、看護師や介護福祉士などの有資格者に限られるからです。
実際行政機関の窓口などで相談しても「受け入れできるところがない」「人員が確保できない」といった理由で断られてしまうケースもあります。
そのため親が自宅で見るしかなかったり、親が付き添いをして通園・通学したり、ということも珍しくありません。
そういった状況を改善するために、医療的ケア児支援法では、必要な人員を配置して保育、教育を受けられる環境づくりをするとしています。(上記①、②に該当)
子供の保育、教育環境を整えることにより、この法律の目的のひとつでもある「親の離職防止」にもつながることが期待されます。
また、医療的ケア児支援センターが設立され、医療的ケア児の支援について、ワンストップで相談できる場所ができたことも、大きな変化です。(上記④に該当)
今までは困ったことや必要な支援があったとしても、病院、役所、施設、事業所など、関係機関それぞれに保護者が直接問い合わせる必要がありました。
関係機関でも、すべての人が医療的ケア児について詳しいわけではないため、時にはたらい回しにされたり、同じことを何度も説明しないといけなかったり、必要な支援にたどり着けないということも。
その状況を改善するために期待されているのが、医療的ケア児支援センターです。
保護者から相談を受けたら、必要に応じて関係各所への連絡や保護者との橋渡し、施設への研修など総合的にサポートしてくれます。
このように支援内容を法律で定め、医療的ケア児のための環境整備が努力義務から法律上の「責務」となったことで、各施設や行政機関が積極的に環境整備に取り組むことが期待されています。
3.医療的ケア児支援法のこれからの課題
2021年9月に施行された医療的ケア児支援法。施行から1年が経ちましたが、今まで見てきたような法律の内容はどのように社会に反映されてきたのでしょうか。
医療的ケア児支援センターが全体の約8割にあたる36の都道府県に設置されたことは、目に見える変化としてあげられます(2022年9月現在)。
参照:医療的ケア児支援法 自治体で拠点の設置進むも 受け入れに課題|NHK NEWS WEB
SNSでは、法律施行後「自治体と交渉しやすくなった」「小学校への付き添いがなくなった」などの前向きな変化も見られます。
しかし、まだ環境整備が追いついていないというのが現状のようです。
永田町子ども未来会議では、定期的に環境整備に関する進捗の共有や現状、課題の報告が行われています。
その中では、保育園を探しても「受け入れ体制が整えられない」という理由で子供の預け先が見つからないまま解決していない、という事例も紹介されていました。
参照:【2022年11月15日配信】「医療的ケア児支援法 施行1年を経て」第40回永田町子ども未来会議|認定NPO法人フローレンス
SNSでも同様の声が複数上がっています。
医療的ケア児支援センターの設置数にも見られるように、地域によって取り組み姿勢にも差があり、「住んでいる地域によらない」という状況の実現にはまだ時間がかかりそうです。
必要人員が確保できない、サービスを提供する施設が地域内に足りないといった課題も依然残っています。医療的ケア児の保育園・幼稚園への入園問題への向き合い方や対策についてはこちらからも確認できます。
4.最後に
医療的ケア児の支援は自治体の責務とし、「家族の離職防止」「安心して子供を生み育てられる社会」の実現を目指す。
この内容が明記された法律ができたことは、医療的ケア児とその家族にとっては喜ばしい出来事かもしれません。
ただし、状況はすぐに改善されるわけではなく、これからが本当のスタートと言えそうです。
実は筆者も未就学の医療的ケア児を育てているのですが、ここ数ヶ月の間、保育園探しと入園後の支援を獲得するために奔走していました。自治体と話し合いを重ねる必要もあり、たくさんの時間と労力を要しました。
まだ環境は整っていないのだなと身をもって実感しています。しかし、その中でも医療的ケア児支援センターの存在価値や、「支援法ができたから」と強気で交渉してくれる支援者さんの心強さを感じることもできました。
「法律ができたのに、まだ整っていない」というもどかしさと、「法律ができたから、少し良くなっている」というありがたさ。
今は、そのどちらも存在する中間地点なのかもしれません。
すべての医療的ケア児とその家族が望む生活を実現できるように、今後の変化に期待し、見守っていきたいですね。