障害のある兄弟姉妹がいる人を指す言葉である「きょうだい児」。
今までは障害者のケアに目が行きがちな社会でしたが、近年きょうだい児にもケアが必要だと言われるようになってきました。
そこで今回は、改めてきょうだい児とは何か、どのような悩みがあるかなどを、自身も重度知的障害(ダウン症)の妹を持つきょうだい児である筆者の実体験も交え紹介します。
目次
1.きょうだい児とは障害のある兄弟姉妹がいる子どものこと
きょうだい児とは、病気や障害のある兄弟姉妹を持つ人のことです。(障害者のきょうだいのことは「きょうだい」「きょうだい児」「きょうだい者(成人済みの場合)」などの呼び方がありますが、本記事では年齢問わず「きょうだい児」と記します。)
日本には現在、身体、知的、精神障害を持つ人が合計約1,160万人いると報告されています。
また、児童のいる世帯の平均児童数は1.66人という統計が出ています。
このことから、日本のきょうだい児は約814万人いると推測され、人口の約6.5%がきょうだい児なのです。
ただし、この数字はあくまでもデータをもとに単純計算しているものですので、正確な数値ではありません。
参照:令和5年版 障害者白書|内閣府
参照:2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況|厚生労働省
2.なぜ「きょうだい児」はひらがな表記なのか
「きょうだい児」がひらがなであるのは、漢字表記の仕方が複数あることに関係しています。
きょうだいは、「兄弟」「兄妹」「姉妹」「姉弟」などと表記され、私たちがよく目にするのは「兄弟」です。しかしこれだと、兄と弟に限定されてしまうというイメージを与えがちです。
すべての障害者のきょうだいを表せるよう、きょうだい児とひらがなで表記するようになりました。
3.きょうだい児が抱える苦悩や問題
3-1.アダルトチルドレンになりやすい
アダルトチルドレンとは、「機能不全のある家族の中で子ども時代を過ごした大人」の意味です。大人になりきれない子どものような人という意味ではありません。
虐待を受けて育ったり、アルコール依存症などの毒親に育てられるとアダルトチルドレンになると言われていますが、きょうだい児もアダルトチルドレンになる傾向があるとされています。
親が障害児のお世話や病状悪化などに悩んでいる姿を見ると、自分は心配や迷惑をかけてはいけないと感じるからです。家は安心して心が癒される場ではなく、我慢が必要な苦痛な場所となってしまいます。
アダルトチルドレンには6つのタイプがあります。
タイプ①:ケアテイカー(世話役)
・自分のことを後回しにしてでも家族の世話献身的に行う
・ケアテイカーとしての役割を全うすることで、自分の存在価値を見出している
タイプ②:道化師・クラウン
・雰囲気を演出する
・体調が悪いことさえも隠して道化を演じる場合もある
タイプ③:英雄
・勉強などで親から良い評価を得られることを最優先する
・すべての行動は、自分のためではなく、親に叱られたくない、期待に応えたいという防衛的な気持ちからくる
タイプ④:ロスト・ワン(いない子)
・元々生まれてこなかった子どもかのように存在を消して生きている
・「素直な子」「おとなしくて面倒をかけない」と言われることが多い
タイプ⑤:慰め役
・自己犠牲によって過剰な献身を注ぐタイプ
・人の世話によって、自分自身の問題から目を背けがち
タイプ⑥:いけにえ
・問題行動を起こすことで家族での「悪者」の立場を背負う
・家族に「この子さえいなければ、家族はうまくいくはずだった」という幻想を抱かせ、家族の破綻を防ごうとする
筆者はこの①〜③のタイプによくあてはまります。きょうだい児で⑥のタイプはあまり目にしたことがありません。(※あくまでも個人的意見です。)
どのタイプも、アダルトチルドレンの傾向が強まると、自分自身を大切にできなくなってしまいます。また、精神も不安定になりがちで、精神疾患にかかる方もいます。筆者も15歳からパニック障害を患っており、完治していません。
3-2.ヤングケアラーで兄弟姉妹を優先しがち
障害の程度にもよりますが、きょうだい児はヤングケアラーとなり兄弟姉妹を優先しがちです。
筆者も、妹のトイレ、お風呂、食事の介助、さらにはてんかんの発作時は倒れた妹を起こすなど、さまざまなことをしてきました。
そのため、休みの日も家にいることが多く、気が抜けない日々でした。
親に強要されていたかと言えば、そうではなかったように思います。
お世話が大変そうな親を助けたい、しんどそうな妹を助けたい、私が頑張らなくてはという気持ちになっていました。
いわば、ヤングケアラーにならざるを得ない環境にいたということです。
3-3.「普通」がわからない
障害児が日常の生活にいることで、それが自分の中での「普通」になります。
ただし、世間一般で言う「普通のきょうだい」、「普通の生活」、「普通の家庭」ってどのようなものだろう?と疑問に思う場面が多々あります。
病院にいつも付き添わなければいけない、外食や旅行に行けない、お世話をしなければいけないなど、生活に制限が出てくることからそう思うのです。
3-4.就職・結婚・出産などのライフステージで障壁になりうる
きょうだい児は、さまざまなライフステージで困難な立場に立たされることがあります。
就職では、親の強い希望により福祉系の職に就かざるを得ない状況になったり、ヤングケアラーの延長で自身が介護者にならなければならず、就職できなかったり地元にい続けなければいけないという可能性もあります。
結婚・出産では、相手や義理の両親に「遺伝はないのか」と言われ、結局できなかったというケースも実際にあります。
筆者は幸いにも新卒で一般企業に就職でき、現在ではこのようにライター業をしています。しかし、結婚の際はひと悶着ありました。夫(当時婚約者)伝いに、義理の両親から「将来産まれてくる子どもが心配なので、妹の障害は遺伝性のものではないか調べてほしい」と言われました。
筆者の中で、ダウン症という病気は遺伝性のものでなく、染色体の突然変異によるものという認識は当たり前のことであったため、当時は非常に憤慨しました。
しかし、調べないと結婚できないと思い、渋々自身の両親にこのことを伝え、調べてもらうようお願いをしました。母は妹の産まれた産院に行き、当時のカルテを出してもらい、もう一度医師より「遺伝性のものではない」と説明をされたそうです。
その結果を伝え、無事に結婚することができました。
今考えると、染色体の突然変異でダウン症になるということは一般常識でみんなが知っているようなことではなく、当時の義理の両親も心配するのは当たり前だと思っています。
しかし、もし遺伝性であるダウン症(実際にダウン症には「転座型」と呼ばれる遺伝性のタイプも存在します。)であったら結婚できなかったのかと思うと非常に落ち込みます。
出産に関しては、現在2歳半になる息子がいますが、健常児として産まれてきてくれました。
3-5.親亡き後のプレッシャー
きょうだい児の心配は、親亡き後も続きます。
親亡き後、自分がきょうだいのお世話をしなくてはいけないのではないかというプレッシャーに苛まれる方が多いかと思います。
また、たとえ施設に入ったとしても、血縁関係があるのはきょうだいである自分であるため、各手続きや定期的な面会など、やるべきことは当然あるでしょう。
筆者は両親には「自分たちが亡き後は妹は施設に入ってもらう。何の心配もいらない。」と言われていますが、非常に気を揉んでいます。
両親は健在のうちは絶対に自分たちで妹をお世話したいと思っており、70歳近くになった今でも施設の候補すら挙げていないからです。
きっともう、面倒が見切れないとなるまで施設探しはしなさそうな雰囲気なので、兄や私が探すことになるだろうと思っています。
しかし、今後も施設探しの状況を聞くなど、妹の将来に関する会話は定期的に辛抱強く続けていくつもりです。
3-6.周囲や世間からの偏見
きょうだい児が特に気になるのは、周囲や世間からの偏見の目や好奇の目です。
とくに幼少期・学齢期は多感な時期もあり、友達やパートナーには言いにくいのではないでしょうか?
また、世間の理想として「障害のあるきょうだいをサポートするきょうだい児」にならなければいけないというプレッシャーもあります。
筆者も高校卒業までは、自分に妹がいることはどんなに仲のいい友達にも決して話しませんでした。話すことで偏見の目で見られ、友達が離れていってしまうのではと怖かったからです。
3-7.悩みや辛い気持ちを共有できない
人口の約6.5%がきょうだい児というデータからわかるように、きょうだい児であることは世間ではマイノリティです。
そのため、自分と同じ境遇にいる知り合いはなかなかいません。
そうすると、きょうだい児特有の悩みや辛い気持ちを共有できる場がないのです。
筆者も全く持ってこの通りで、周りに相談できる人もおらず、むしろ相談するという発想もなかったほどです。兄は6歳上で、生活リズムが全く違ったことと、思春期である中学生のころには家を出てしまっていたので、きょうだい間で相談などしたことはありませんでした。
4.きょうだい児でよかったと思うこと
ここまできょうだい児の負の部分ばかり紹介してきましたが、きょうだい児でよかったと思うこともあります。
その1:辛い人の気持ちを思いやれる
障害者の方だけでなく、何かに悩んでいる人や体調が悪い人などの気持ちを思いやれる人間になったと思っています。
小さなことですが、災害が起きた際などには寄付をしたり、街中で身体障害者の方を見かけると声をかけ介助したりという行動につながっています。
その2:自身の子どものお世話が辛くない
筆者には2歳半の息子がいますが、妹のお世話をしていたおかげで、頻回授乳以外は子どものお世話を負担に思いませんでした。
おむつ替え、食事の介助、お風呂に入れる、寝かしつけなど、昔やっていたことと一緒だと思ったり、身体が小さいので妹のお世話より楽だなと思ったりしました。
その3:自分の体験を仕事に活かせる
これは少々特殊ではあるかもしれませんが、きょうだい児で体験したことを仕事に活かせる場合もあります。
今回の筆者のように自分の体験を記事にするライターになれたり、福祉系の仕事に就ききょうだい児であるからこそわかるケアができたりするのです。
また、きょうだい児として講演会を行っている方もいらっしゃいますよ。
ほかにも、きょうだい児は人の顔色を常に気にして生きてきたため、気遣いがよくできたり細かいことに気づく特性があります。この特性を活かし、営業職や接客業などに長けている方も多くいます。
その4:同じような状況下にある仲間と深い仲になれる
障害者の家族や、きょうだい児の方と出会うと、共感が多く自分のプライベートな話もしやすくなります。すると、気持ちを分かち合える深い仲になるのです。
筆者は社会人になってから出会う人とそこまで深い仲になれませんでした。しかし、障害者の家族の方やきょうだい児の方々が多く働く職場で出会った方たちとはどんなことでも話せる深い仲になりました。
このように、きょうだい児であることは悪いことばかりではありません。
なかなかそう思えない方も、いいことは何かないかと意識することで、ほんの少しではありますが、心持ちも変わりますよ。
5.きょうだい児が受けられる支援を紹介
こちらでは、なかなか知る機会のないきょうだい児が受けられる支援を紹介します。
ほんの一部ですので、ご自身でもぜひ探してみてくださいね。
5-1.きょうだい児及び障害児のいる家庭への支援
認定NPO法人スマイルオブキッズ(横浜市)は、神奈川県立こども医療センターと連携して、患者・家族滞在施設「リラのいえ」を運営しています。
2009年2月より、入院中の病児の看病に出向く父母に代わり、医療センターより徒歩5分の場所できょうだい児を預かる保育事業を続けています。
保育は予約制で、生後3カ月程度の乳児から小学校高学年まで受け入れ可能です。利用料は1人1時間300円。
20年度に利用した子どもは延べ555人。「我慢しなくていい場」として子どもたちは笑顔で過ごせているそうです。
保育時間は9時〜15時までですが、緊急の場合などは相談にのってくれ、柔軟な対応をしてくれます。
5-2.きょうだい児当事者同士の交流会
2023年に設立された「日本きょうだい福祉協会」。きょうだいや障害者の保護者、関係者にとって「安心して暮らすことのできる社会」の実現を目指して活動しています。
HPには、きょうだい児のエピソードや専門的な文献の紹介などを掲載。「きょうだい支援アクティビティ」と題し、実際に各地で行われている支援の紹介もしています。
アクティビティは多数のきょうだい児が参加するため、悩んでいるのは自分だけではないと認識できる貴重な場です。
そのためか、自分の思っていることを言葉にして伝えるアクティビティの紹介が多いです。「きょうだい児は家庭で我慢しがち」という点に焦点を当て、自分の思いを口にすることでストレス発散になる非常に有意義なアクティビティですので、ぜひ一度覗いてみてはいかがでしょうか。
5-3.きょうだい児を対象とした相談支援
臨床心理士など500名以上の専門家に相談できる「うららか相談室」。その中に、「きょうだい児の悩み相談、カウンセリング」もあります。
きょうだい児が抱く下記のような悩みを社会福祉士や臨床心理士に相談できます。
- きょうだい児であった自分が現在生きづらさを抱えている
- きょうだい児であるがゆえの将来の不安がある
- きょうだい児に対する具体的なサポートが知りたい
カウンセリングは対面、オンライン通話、電話、メッセージのやり取りの4つの方法から選べるため、負担なく受けることができますよ。
また、匿名での相談も可能ですので、家族に知られたくない場合も安心です。
構えずに気軽に相談できますので、ぜひ一度HPを見て、自分に合いそうな専門家を探してみてくださいね。
参照:きょうだい児の悩み相談・カウンセリング|うららか相談室
6.きょうだい児の啓発活動と私たちができること
ここまできょうだい児のあれこれを紹介してきましたが、きょうだい児が自分らしくのびのび生きるためには周囲のサポートが不可欠です。
やはり障害児の親はどうしても手のかかる障害児を優先してしまいます。それは仕方のないことなのも事実です。
しかしそれを見たきょうだい児は、親が苦労し時には涙する姿も見て、自分は親に手を焼かせてはいけない、負担になってはいけないと思いがちです。
そんなとき、家族でない周囲の人たちは何ができるでしょうか?大それたことをする必要はなく、ただ話を聞いてあげたり、気持ちばかりの寄付を支援団体へ行ったりするだけでいいのです。
話を聞いてもらえるだけで日ごろ我慢していることを吐き出すことができ、心が軽くなります。寄付をしてもらえると、支援団体の活動が充実し拡がり、きょうだい児の助けとなります。
NPO法人「しぶたね」は、病気のある子どものきょうだいのための団体です。クレジットカードや銀行振込はもちろん、LINEスタンプの購入やしぶたねのAmazonほしいものリストを購入することで寄付ができます。
きょうだい児への注目や支援が広がる今、自分もきょうだい児の助けになりたいと思われる方がいらっしゃれば、ぜひ今日からできることからはじめてみてください。
7.最後に
今回は、きょうだい児とは何か、きょうだい児特有の悩み・よかったこと、支援先などを紹介しました。
きょうだい児は、結果的に生きづらさを感じる傾向が強くあります。ただし、誤解してほしくないのは、きょうだい児だから自分の人生は困難なんだと自らの意思で思っているわけではないということです。誰しもが本当はそう思いたくないのです。
しかし、きょうだい児であるがゆえに幼少期や思春期でも我慢をして特殊な環境下にいたことに変わりはありません。さまざまなお世話、病院への付き添い、行動範囲の制限など、明らかに一般家庭とは違います。
生きづらさを感じるのはむしろ自然なことなのです。
ですので、きょうだい児のみなさんは、そう感じることを責めないでください。
周囲の方は、その感情を抱くきょうだい児を優しく受け入れ、話を聞いてあげてください。
今後きょうだい児を取り巻く環境は徐々によくなっていくと感じています。昔はきょうだい児という言葉すら知る機会もなく、きょうだい児の記事やニュースを見ることもありませんでした。しかし最近はよく見かけます。
きょうだい児に注目が高まる中、きっと社会のサポート体制も少しずつ充実するでしょう。
それを願って、今後もきょうだい児として自分らしく生きていきましょう。